『XPLOSIVE SUITE』-岩本知明- を、読みました。その二。

友人からジャック・ケルアックを勧められ、すぐさま買った本。『XPLOSIVE SUITE』

これについて、お恥ずかしい勘違いを含む記事を書いてしまった私に、実は著者である岩本知明さんから、ご丁寧なコメントを頂戴していました。

非常に紳士なコメント、本当に有難うございます。

この場を借りて、お礼の言葉とさせてください。

 

時間が経ってしまいましたが、もう一度この本について書きたいと思うのです。

 

「BOME OF THE YEAR」という第一章の文字の並びを見た時に、私が咄嗟に思い浮かべたのはRage Against the Machineでした。

そして、そこに並ぶタイトルを眺めた時に、その感触がどこか間違えていないような気がしたのです。

「何かわからないけれど、怒ってる気がする。もしくはそれに似た衝動の塊がある気がする」

第二章の「LET IT EXPLODE」にしても、そのままバンドのアルバム名のような響き。

 

何かが始まる予感をひしひしと感じながら、iPhone5の画面を指で擦って、先を急ぎました。

一番最初の「ボム・オブ・ザ・イヤー」の詩が目に飛んできます。

 

「今晩は

くされ外道と 申します」

-『XPLOSIVE SUITE』-ボム・オブ・ザ・イヤー-

 

ああ、これ最高に好きなやつかもしれない。

その後も、どんどん飛び込んでくる刺激的な言葉に胸が踊りました。

 

前回の記事で、nirvanaを引き合いに出してしまいましたが、これは私の中では最高に褒め言葉のつもりで、高校生の時に初めて出会ったその音楽を聞きながら、食い入るように見ていた、カート・コベインの歌詞の和訳を読んでいるような気分だったのです。

 

どこか怒りにも似た、とてつもなく衝動的な勢いを内包した言葉が、散文的に散りばめられ、かつそれらは慎重に選ばれていたり、お手玉のように遊ばれていたりして、その雰囲気がどこか私の中で、カートの詩世界と結びついたのかもしれません。

 

言葉はリズムを伴って並べられるべきだと、私は思うのですが、岩本さんの言葉は、それについても抜かりがなく、とても心地良かったのです。

そして文字の並び方はデザインされていて、行の頭が揃っているでもなく、行間が一定なわけでもなく、それこそ意味をもって「散りばめられている」のです。

 

今この文章を書きながら、改めて詩たちを眺めているのですが、やっぱり好きです。

これをそのままバンドの曲にしたいような、気持ちになってしまいます。

私の中で、どこか音楽的なんですよね。

ビートニク、というものがそもそも音楽と密接だからでしょうか。

月並みな言葉ですが、私は行間に「ビート」を感じずにはいられませんでした。

 

『路上』を読み終わった今だからこそ、また違う感じ方ができる気がします。

大好きな歌を繰り返し聴くように。

何度も読み返したい詩集、になりそうです。