『テラビシアにかける橋』を、見ました。

突然ですが、師匠の宿題シリーズ-映画編-というのが始まるそうです。(人ごと)

「俺が見た映画を綾瀬ちゃんも見て、記事書きなよ」

……以上が、趣旨です。
まためちゃくちゃな事を言い出したなと思う反面、最近実家でののほんとしておりましたので、課題があるのはよいことです!(助かります、ネタ的に)

ということで、記念すべき第一回は『テラビシアにかける橋』です。

なんでこの映画かというと。
師匠の激烈リスペクトする、前社のスーパーエグゼクティブプロデューサーに、オススメを三本聞いて、まずそれから見る!!ということでした。

受け売りですか……というところはグッと胸にしまい、やっていきたいと思います!

それではお馴染み、ネタバレも含む可能性ありますので、まだの方はご注意ください……。

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『テラビシアにかける橋』(テラビシアにかけるはし、Bridge to Terabithia)は、2007年に公開されたウォルデン・メディア製作のファンタジー映画。原作はキャサリン・パターソンの同名児童文学。
テラビシアにかける橋 Wikipediaより

キャサリン・パターソンの同名ロングセラー児童文学を映画化した感動ファンタジー・ドラマ。多感な少年期の主人公が大人びた転校生の少女に気後れを感じながらも、ふたりで森の中に空想の王国をつくり互いの絆を深めていく姿を、ファンタジックな映像表現の中に年頃の少年少女のリアルな心情描写を盛り込みほろ苦くもエモーショナルに綴る。主演は「ザスーラ」のジョシュ・ハッチャーソンと「きいてほしいの、あたしのこと ウィン・ディキシーのいた夏」のアンナソフィア・ロブ。監督は「ラグラッツ」などのアニメ作品の製作で定評のあるガボア・クスポ。これが実写映画監督デビュー。
田舎の町の貧しい家庭に育った小学5年生の少年ジェス。学校ではいじめられ、女ばかりの家の中でも疎外感を抱き、孤独な日々を過ごしていた。そんなある日、彼は隣の家に引っ越してきたばかりの風変わりな転校生の少女レスリーと出会う。裕福な家庭の一人娘で自由奔放な彼女とジェスは何もかも対照的だったが、次第に仲良くなっていく。やがてふたりは小川を越えた森の中に分け入り、そこでふたりだけの空想上の王国“テラビシア”をつくり上げ、王と王女として君臨して冒険に満ちた楽しい時を過ごすようになるのだったが…。
テラビシアにかける橋 allcinemaより

田舎町の貧しい家庭で育つ小学5年生の少年、ジェス(ジョシュ・ハッチャーソン)。世界のどこにも自分の居場所を見出せないジェスだったが、唯一の慰めは、奇妙な生き物を空想し、それをスケッチブックに描くことだった。ある日、校内の短距離レースでトップを走っていたジェスは、思わぬライバルの出現に大敗を喫してしまう。それは裕福な芸術家夫妻の娘で、転校生のレスリー(アナソフィア・ロブ)だった。第一印象こそ悪かったが、田舎町には珍しい個性的なファッションに身を包み、偏見を持たないレスリーに、ジェスは次第に心惹かれていく。やがて共に遊ぶようになった二人は、森の中にトゥリー・ハウスを発見する。レスリーの導きによって、二人はそこに美しい空想上の王国「テラビシア」を創り上げていく。不思議な生き物と城、美しい自然に囲まれた秘密の王国で、王と女王として君臨するようになる二人。「テラビシア」での冒険を通して、ジェスとレスリーは友情を育んでいく。そしてこの冒険は、灰色だったジェスの人生を虹色に彩り、彼を生き生きとした少年に変えていく。密かに憧れていた音楽教師のエドマンズ先生も、ジェスの芸術的才能に気づいて目をかけるようになっていた。しかし、そんなある日、突然の悲劇がジェスとレスリーを襲う……。
テラビシアにかける橋 KINENOTEより

 

主人公であるジェス君は、姉二人、妹二人の中でたった一人の男の子。
日本の男親なら喜びそうなところですが、女の子は家の事、なーにもしてくれないんですね。
田舎で子供5人、当然ながら貧しいわけですが、お家のお手伝いは全部、ジェス。
パパは妹のメリベル溺愛だし……。

学校にいくと、同級生の二人組は嫌がらせをしてくる。
8年生のジャニスは幅をきかせている。
日本風に言うなれば、芸術肌で草食系のジェス君は基本的に無抵抗。

女系の家族の中での疎外感、学校でも友達と居場所がない……。

そこに転校してくる、ちょっと風変わりな女の子レスリー……。

ここまできたら、この二人絶対仲良くなるわ! と言うのはもう確定ですよね。笑
しかも、第一印象は良くない……という鉄板ぷり。
でも心を閉ざしているのはジェスの方で。これが日本のラブコメだったら女の子の方なんですけどね。笑

二人は、次第に仲良くなって、近所の森で遊ぶようになり、一気に距離を縮めます。
(レスリーがお隣に引っ越してきたというのも、鉄板ですよね。笑)

ここでも、リードするのはレスリー。
彼女は想像力という翼を、ジェスに与えていきます。
その時から、ただ森は、二人だけの王国「テラビシア」へと姿を変えていく……。

そもそも絵ばかり描いていたジェスからすれば、それは難しくない作業だったんでしょうね。
ただ、嫌でも毎日現実を見せつけられる家に育った彼は、心に鍵がかかっていた。
その鍵を、レスリーが開けてくれるんですよね……。

想像力ってすごいよな、と思います。
「テラビシア」を共有していた二人には、同じようにリスが怪物に見え、木が巨人に見えていた。

私にも、そういう時代があったよな、って……。

何気ない帰り道、自転車を止めて、大好きなバンドの曲を聞きながら突然頭の中で始まるストーリー。
その頃を思い出して、ちょっとほろっとしてしまいました。

もう私のところには、意地悪な上級生や同級生もいないし、突然やってきて素敵な事をささやいてくれる転校生との出会いもないのですが、その頃のキラキラした断片のようなものは、きっと心のどこかに眠っているはずで。

それをおもちゃ箱をひっくり返したように、探し求めて、見つかるならば大事に磨いて行きたいなぁと。思いました。

私の中の意地悪な大人な部分は、このまま幸せにはいかないだろうなとか、物語的にはここで何かあるだろうとか、主人公は少年だから、彼に苦悩と成長が訪れるはずだとか思っちゃって本当に嫌なのですが。

ただ実際、創作でも、現実でも、キラキラした物語ってずっとは続かないし、いつか終わるんです。
そして別れがやってきたり、次の場所に行かなければならないような局面が訪れるものです。

それをいくつも越えて行くことが、歳を取るってことだったりするんでしょうね。

「あの時こうしていれば」も、もちろんたくさんあります。
本当に人生って理不尽です。

乗り越えるべきだ、というのは少々暴論だと私は思います。
どうやり過ごすか、どうそれと向き合って、流れる時と生きていくのか。
あんまりうまく言えている気がしないのですが、そういう方が、私は好きです。

そしてその時に、そばに誰がいるか、というのもきっと重要です。
やっぱり人間、一人では、ちょっと生きていけないかな。

別れをこじらすと、新海誠さん『秒速5センチメートル』の主人公みたいになるんですけど。笑
(けして馬鹿にはしていません。)
→ちなみに新海作品について書いた記事はこちら。

ジェス君は、素敵に向き合えたんじゃないかなぁ。

それにしても、海外のお子様ってなんでこう可愛いんですかね!!
レスリー、すっごく可愛かった!!

妄想が日課の人間として、「想像力」の素晴らしさを、再確認出来た作品でした。
「次へ」進むために。私も橋を、掛けて行きたいなと思います。


CRUNCH MAGAZINEのご紹介、というお話。

去年の下書きを引っ張り出してきました……。
CRUNCH MAGAZINEという投稿サイトに登録した際に書いた記事の続きなのです。
一体、CRUNCH MAGAZINEってなんぞや?について、簡単にではありますが、ご紹介します!

 

書き手と読み手をつなぐSNS

CRUNCH MAGAZINE (クランチマガジン) は、作品を通じた書き手と読み手の素晴らしい出会いを引き起こすことを念頭に設計された、まったく新しいソーシャルメディア・プラットフォームです。誰でも簡単なステップで自分の作品を投稿し、読者からの反響を獲得することができます。

CRUNCHERS Inc. HP より引用-

 

すごく乱暴に言ってしまうと、「小説投稿サイト」です。

小説投稿サイトというと、「小説家になろう」などがありますが、いったい何が違うのか?というところですよね。

 

それを説明するためには、CRUNCHERS Inc.の代表であり、小説家でもある、石井大地さん(筆名は今村友紀さん)を紹介する必要があります。

 

石井 大地

1986年生まれ。開成高校卒・東京大学文学部言語文化学科卒。
東京大学在学中の2005年より、モバイル&ウェブアプリケーション開発と教育事業を運営する株式会社ユニークに参画。同年より取締役、2007年より代表取締役を歴任。全社のマネジメントに加え、大規模データベースやアプリケーションUIの開発等を手がける。また、数多くの出版社との電子書籍・スマートフォン関連アプリケーションの共同開発プロジェクトにも携る。
2005年より継続的に教育・ビジネス関連書籍を多数出版し、この領域だけでも著作は十数作に及ぶ。
2011年には第48回文藝賞(河出書房新社主催)を受賞し、筆名・今村友紀名義で小説家としてもデビュー。『クリスタル・ヴァリーに降りそそぐ灰』「バスチオン公園の馬鹿たち」『ジャックを殺せ、』など、精力的に作品を発表し続けている。

-CRUNCHERS Inc. HP -メンバー紹介-より引用-

 

私が初めて出会ったのは、ゲンロンカフェのイベントでした。

中村航×海猫沢めろん×飯田一史×今村友紀 小説の面白さを科学する。 ~創作術、最新マーケット動向、データ分析から見えるもの~

非常に熱いイベントだったのですが、このときに今村さん(石井大地さん。以下、執筆名の飯田さんと表記します。)が何のお話をされていたかというと、CRUNCHERS Inc.がどんな会社か、何をしようとしているのかに始まり、「売れている小説を分析してスコアリングする」という内容でした。

今村さんは文藝賞作家でありながら、考え方や言っていることが、どエンジニアでびっくりしたのを覚えています。
CRUNCH MAGAZINEもご自分達でコード書いて作ったっぽい雰囲気をTwitterで拝見していたので、一体本当はどっちの畑の人なんだろう……? という感じです。笑

小説をスコアリング、というとまぁネガティブな意見に晒されそうなネタではあるのですが、今村さんの提唱しているロジックが非常に納得の行くもので、かつ真摯というか、敬意もしっかり払われている印象だったので、私はあまり抵抗がありませんでした。

全文レベルで解析して、多く使われる言葉であったりとか、文体であるとか、そういうものから傾向を割り出していくことで、「あなたの小説は村上春樹タイプです。」というようなことが分かったり。
興味の尽きない挑戦をされている方です。

そんな今村さんが立ち上げたCRUNCH MAGAZINEは、だからこそこれまでの投稿サイトとは異なる着眼点で成立しているんだと思いました。

書き手から読み手の顔が見えることであったり、自分の作品にものすごくストレートに反応が返ってくることだったり。

閲覧数だけでないスコアで、ランキングが形成されていて、「いたずら」でわざと低くつけた評価などは判別してカウントしないロジックになっていたり!

ほんのちょっとだけ、記事を移植してみただけで、様々な反応があって、これはすごいかもしれない!と思った綾瀬です。(それ以降触れてないんですけど……ううう。)

仮想通貨的なポイントもあり、貯めたり使ったりすることも出来ます。
このポイントで「作品を売る」事もできるのです。

まだ、全然しっかりと使い込んでないので、あっさりした紹介になってしまいましたが、ちょっと新しい投稿サイト「CRUNCH MAGAZINE」。
たくさんの作品がUPされているので、是非ご覧になってみてください。

ちなみに私のページはこちらです……。

 

そして、きっと忘れられているだろう、こんなリストがありました。

以下、綾瀬の、綾瀬による、綾瀬のための今後の(忘れてないよ)執筆予定。

・東浩紀さんのフクイチ本のイベントへ行った感想。

・家入一真さんの「もっと自由に働きたい」の感想の続き。

・津田大介さんの「メディアの現場」の感想。

・昔流行った「100人の村」について、フォロワーさんと約束してる記事

・森見登美彦さんの「夜は短し歩けよ乙女」の感想。

・そろそろ艦これについて一度記事にしてみようかな。

・自炊代行使ってみた!→データが入稿されました!

・家入一真さんの「こんな僕でも社長になれた」の感想。

・不可思議くん、について思ったこと。

・バカテスも読まなきゃね。→新刊届いた!

・コンプティーク読んでみた感想。

・村上祐一さんの「ゴーストの条件」を読んだら感想。

・ソーシャルゲームと二次創作を考察する

・「鎮守府のすすめvol.2」買いました!

・CRUNCH MAGAZINEのご紹介!


不可思議くんについて思ったこと。という、お話。

家入一真さんの去年のツイートなんですけどね。

このツイートを見た夜、暗い部屋でこの動画を見たのをなんとなく覚えています。

久しぶりにあった友人と、実際に話したことを詩にしたのかどうか、私は知らないのですが。
なんだかとても情景が思い浮かぶ、言葉たち。

私が勝手に感じたことなんですが。

久しぶりに会う友達と、主人公。
この二人に、微妙に距離があるように思えたんですよね。

「ずいぶん遠くまで行ってきた」友達は、風貌も変わり、それを主人公は、おいおいどうしちゃったんだよ、というわけですが。
この友達は、前とちょっと違ってしまっているんではないのかな、と。
それは見た目の変化だけではなく、「何かを見つけて」一歩先に行ってしまったんじゃないか。

二人きりで飲んで、主人公はいろんな話をしながら、ああでもないこうでもないと言うのですが、なんだか彼は空回りしたように話し続け、友達は静かに頷いている、そんな絵が私には見えました。

「いつまでも待ってた」主人公は、変化しなかった自分と、来なかった未来に思いを馳せながら足踏みをしているんじゃないかな、と感じたのです。

だから、一歩先に行ってしまった友達に、必死で語りかけているんじゃないかなって。
きっと、友達は、そんな主人公を、少しだけ冷めた目で見ていたんじゃないかなって。

家入さんのツイートにもあったけれど、このなんだかヒリヒリする感じは、きっと焦燥なんだと思うんです。
主人公は、焦燥している。
変わらない自分、来ない未来に、焦っている。
このままじゃダメなのに、もっとこうなりたいのに、どうして、って。

その主人公の焦燥は、きっと不可思議くん自体の、焦燥だったんじゃないかな、って、思うのでした。

私は、いつまでも待っていたくないし、変わりたいし変えてやりたいと思うので、この詩に心から共感はしないのですが。
ただ、ただ、胸が掻き立てられるような、泣きたくなるような、何かを感じます。

きっともっと若いころ、私も同じように、焦燥していたからだと思います。
だからこんなにも、ざわっとするんだろうな。

彼は、生きていたら今頃どんな詩を語っていたのでしょうか。

私は彼のことを知らないし、友達でもないけれど、この動画を見るたびに、彼がもうこの世界にいないことが信じられません。

彼が飛び越えたかった未来は、いまだ超えられない壁として、立ちはだかっているのでしょうか。
それに向かって彼は、今もこうして叫び続けているのでしょうか。

もし彼が、生きていたら、友達だったら。
私はたった一言、こう言いたい。

大丈夫だよ。
きっと、素敵な未来が待ってるよ、って。

小さくてもいいから、彼の言葉が、誰かを救ってくれますように。
響き続けますように。


ふぁぼるってもしかして認知がほしいってことなんですか? というお話。

コンスタントに書くと少しずつ閲覧してくれる人が増えますね。
サボるとどんどん見られなくなります。
そんな微々たる数で一喜一憂しているのですが、最近ブログを始めた師匠は、普段は限りなく0なのに、ちょっと書くとすぐ私の三倍くらい閲覧が行くそうです。
格差を感じる夜。

昨日、「濱野智史×東浩紀「アーキテクチャからアイドルへ――platonicsの新しい挑戦」を視聴した記事を書いたのですが、今日になって、あんな話もあった、こんな話もあった、と思いだしております。

その中で、アイドルライブで「レス」をもらうことの重要性を濱野さんが全力で話しておりました。
このレスについて非常に盛り上がっていて、これなしにはアイドルは語れないというお話なのですが、割愛させていただいて、今日お話したいのは、その中で出た「認知」ということについてです。

まず、「レス」ってなんですか? というところからお話しましょうね。
すっごく簡単にお話します。気になったら、調べてみてください。(投げてみる)

簡単に言うと、ステージから自分に向けて、アイドルがサインを送ってくれるというものです。
これはよくある「今絶対に目があった!」という勘違い現象ではなくて。
もっと明確に、間違いなくこちらにメッセージを送ってくれた、もしくは返してくれた、というものです。

昔聞いた話で、モーニング娘。のライブで、前の方の良席の人たちでスケブ(スケッチブック)を持っている人たちがたくさんいたそうです。
何をするのかというと「こっちむいて」とか「ピースして」とか。
今リーダーになった道重さゆみちゃんだったら「うさちゃんピースキボン!」とか。(今もやってるのかなぁうさちゃんピース……)
もちろんアイドル側の裁量ではあるのですが、実際にやってくれたりするのです。
すると、成立。

また、昨日聞いた話では、地下アイドルの現場(ライブなどのことをこういうんですよね)では、ステージ上から指差しでレスをくれるのだそうです。
◯◯さんありがとー! ◯◯さんもありがとー! みたいな感じで。
もしくは、推しの子に対してライブ中に、盛り上がりという形でアピールを送り、それに対してアイドルが反応してくれる。
これで、成立。

ざっくりですが、こういう現象のことを言います。

レスをもらうためには、足繁くライブに通い、アイドルに顔を覚えてもらうという行為が必要になります。
この、アイドルに顔を覚えてもらった状態を「認知」と言うみたいです。

AKB48だったら、劇場で会えていた古参のファンを除き、売れてしまってからは非常に難しい話になります。
会場大きいですし、ライブ中にアピールするなんて至難の技。
でも、握手会があるんですよねーー!
あんな至近距離で会えてかつ接触も出来る。
というわけで、CDを鬼のように買う人が出てくるわけなんですが。

すると、一日のうちに、一人のアイドルに数回握手できたりするのです。
これを繰り返すと……。そりゃ覚えますよね!
そうなると、トップアイドルのAKB48とて、反応が変わってきますよねー。

地下アイドルになると、もう少し簡単みたいです。
まず会場が小さいので、ライブ中に目立つことは十分可能。
そして、ライブ後は「チェキ」があります。
これは、一枚チェキいくら、というサービスで、ビジュアル系の物販などでも行われているものなのですが、今、2000円とかするんですって!
私が知っている時点では500円だったのになぁ……。
ちなみに、2000円は売れてる方の娘達のようなので、ほとんどは500円位でやっているものと思われます。

これも握手会と一緒で、至近距離で写真が取れるわけですし、地下アイドルの場合は、握手会より時間も取れるでしょうから、覚えてもらえる度は上がりますよね。

……と。
こんなふうにして、いかに「認知」され、現場で「レス」をもらうか、というのがファンの方々の主戦場のようです。

はい。ここまでは長くなってしまったのですが前置きです。
最近、コスホリックにいったりと、コスプレイヤーさんに興味津々な私なのですが、そのTwitterを見ていて、すごく疑問な現象があったんですよね。
ふぁぼる、つまりお気に入りのチェックをする行為なのですが。

私の場合、あとで見たいとか、これは後々何度も見返したい、というものをふぁぼります。
どうしてもそういう価値観で見てしまうので、なにげなーーい、なにげなすぎるコスプレイヤーさんたちのツイートにお気に入りが入っているのがよく理解できませんでした。

これくらい可愛くなったら、私のくだらないつぶやきもふぁぼってもらえるのかなぁ……なんてのんきに思っていたんです、昨日まで。

 

でも気づきました!

……これって、もしかして「俺見てるよ!」アピールなんですかね!?

Twitterクライアントと設定にもよるんですが、ふぁぼったことが通知される場合もあり、また自分で誰からふぁぼられているのかを確認することができます。
もしかして、積極的にふぁぼっていくことで「認知」されようとしているんですかね!?

リプ送っちゃえよ、という見方もあると思いますが、基本的に「返せる時に返します」というスタイルだったりするの大抵です。(しないのが基本の子ももちろんいます)
プロのアイドルと違って、日々の生活がある娘達が多いですからね。

でも「認知」状態になるとリプにレスが来るその確率は上がるだろうし、なんだったら仲良くなれちゃったりするかもしれません。

 

……あくまで仮説なんですが……。
こういうのって、あるんでしょうか? ちょっと調査してみたい欲望にかられています!

以上、綾瀬の「ふぁぼりは認知を得るための行動なのでは!?」説でした。
ご清聴ありがとうございました。


「濱野智史×東浩紀「アーキテクチャからアイドルへ――platonicsの新しい挑戦」  を、視聴しました。

秋田の実家で粛々と原稿を書いている綾瀬です、こんばんは。
こっちはすっかり春めいてきました。

今日、ふと見た東浩紀さん@hazumaのツイートが熱くて、ゲンロンカフェ今晩面白そうだなーなんてのんきに思っていたのですが。
「あ、完全中継チャンネルあるじゃん……!」と思い、ついに初挑戦してみました!

→ゲンロン完全中継チャンネル

ちなみにイベントのご紹介はこんな感じ。

芸能事務所platonicsを立ち上げ、今春にも新アイドルグループをデビューさせるべく候補者募集に乗り出した濱野智史。
年間300本のアイドル公演に参戦するなど、アイドルファンとしての顔を表に出して総合プロデューサーの任を務める濱野には、ゼロ年代の重要文献になった『アーキテクチャの生態系』など、情報環境研究者としての側面もある。著書『前田敦子はキリストを超えた』は、アーキテクチャ論を下敷きにしながら、アイドルが社会に果たす役割を考察している点で、濱野のふたつの側面がともに表れた作といえるだろう。「これから必要とされる、真のアイドルの形」を探るplatonicsは、それらふたつを融合させる試みにほかならない。これから生まれようとしているアイドルグループは、まさに濱野の理想を体現した存在になるはずだ。

濱野がplatonicsで実現しようとしていることはなんなのか。そして、アイドルは本当にキリストを超えるのか。濱野と一対一では2011年以来となる対談で、東浩紀が鋭く切り込む!

ゲンロンカフェHP SCHEDULEより~

濱野智史さん@hamano_satoshiは、私が東さん、そしてゲンロンカフェを追いかけ始めてから名前を何度も拝見していたのですが、まだ著作などは読んだことがなくて。
東さんといえば度々取り沙汰される宇野常寛さんと仲の良い方=東さんとは今はあんまり交流のない方? というすごーくあまーい認識しかありませんでした。今日まで。
しかししかし! 非常に面白いしとんがった方で、今後追いかけたい人リストに間違いなく入りました!

濱野さん、最近はアイドルの話しかしないわけですが、ガチガチの情報環境研究者で社会学者的な顔もあり、議論の内容はアイドルであってもうアイドルではない!
回ってアイドルに戻ってくるんですけど。笑
とにかく熱かった! 東さん風に言えば間違いなく神回でした。

濱野さんと東さんの関係も、見ていたらなんだか微笑ましくて、これからまた二人のお仕事とかまた増えたらいいなぁという、ちょー平凡なファン心理も働いたりしました。

対談を申し込んだのはrealsoundのインタビューを読んだのが契機でした。そこでは彼はなかなかラジカルなことを言っている。僕なりに要約すれば「人間がいちばん感動するのは子どもが運動会出てるときですね。アイドルはそれです」と言っている。曲とかダンスとか質は関係ないのだと。

ちなみに、今日ぼくが結論として濱野くんに突きつけるであろうことをネタバレして言うと、それは「要は君の言っている前田敦子はキリストを超えるというのは、だれでも自分の子供のほうがキリストよりも大事ということの言い換えではないのか」という話になるはずです(アブラハムとか除く)。

で、ここに、例の福嶋くんの「日本では神様は育てるものなのだ」論が絡むわけだ。

子育てとか家族とかの問題は本当はすごく哲学的なのに、子育て論を低俗な人生論の一部として、よくてもせいぜい社会学や政策研究の調査対象としてしか捕らえてこなかったところに、近代思想の弱点がある。家族ほど「私とはだれだ?」「愛とはなにか?」の問いを突きつける存在はないんだけどね。

で、ぼくのみるところ、濱野くんのアイドル論は家族と神の関係について扱っているのよ。むろん、いっけんそう見えないし、彼自身もそう考えていないかもしれないけどね・・・

~東浩紀@hazumaより転載~

このあたりの東さんの激アツツイートを見てドキドキしていたのですが、まさにこのような話が展開されていました。
特に、日本では神を育てるものなのだ、からの、「子供もアイドルも神であって、それを育てているのだ。」というあたりは本当にグッと来て。
すごく持論にも繋がりそうなので掘り下げて咀嚼したいなーと思っています。

ちょっとながらで見ていたところもあるので、時間見つけてタイムシフトみたいな。
4時間半くらいあるのでかなり気合が必要なんですが。笑

とりあえず濱野さんの本を買おうと思っています!
とても刺激的な、初完全中継チャンネルでした!