冬になると、体は死に近くなる。
日当たりの悪いこの部屋は、時間の感覚を麻痺させ、昼とも夜ともつかないまま、私はよく迷子になった。
どこまでも続くような眠気と、出口の見えない暗闇は、現実感を希薄にしていく。
その上ひどく、寒い。
毛布という薄皮一枚に包まって、外に出まいとする蛹のように、私はもぞもぞと蠢く。
仕事に、行きたくない。
理由は、ない。
理由などないのだった。
ただ、その言葉だけが、頭の中を行ったり来たりする。
平面的な言葉でしかないそれは、いつしか音を立て始め、その音量はどんどんと大きくなる。
小さな点だったはずのものは、やがて群がる羽虫のように頭いっぱいに広がり、そしてガンガン音を鳴らし私を打ちのめした。
その間、部屋はずっと真っ暗なままだった。
ここは一体どこなのだろうか。
私の知っている街や、職場というものに果たして通じているのだろうか。
この暗闇から這い出ることは可能なのだろうか。
そもそも世界に、光というものはあるのだろうか。
私は、生きているのだろうか。
もはや、目を開けているのか、瞑っているのかすらも曖昧になる。
暗闇に溶け出していく。
もう、ダメだ。
何がダメなのか、それが何を指しているのかは分からない。
ただ、甘美な祝福のように、言葉の響きは私を満たしていく。
もう、ダメだ。
もう、ダメだ。
そして、再び私は眠りに落ちていく。
眠りのようなものに落ちていく。
おそらく、眠りであると思われるものに身を任せる。
私が生きているのなら。
これは、眠りであるはずだった。
じゃあ、私が死んでいたとしたら?
当たり前と呼ばれるものを、当たり前にできなくなったのはいつからだったろう。
当たり前と呼ばれるものに、毎日苦しめられるようになったのはどうしてだろう。
当たり前が出来ない私にとって、当たり前は当たり前ではない。
ただ、怖い。
できるはず、が怖い。
優しさや無関心に、私は許されたわけではない。
なぜなら私には、毎日傷が増えていくからだ。
起きれない、と思うたび。
遅れます、というたび。
シャワーを浴び、頭がすっきりするたび。
服を選ぶたび。
駅までの道を歩くたび。
少し空いた電車に乗るたび。
オフィスの扉を開けるたび。
タイムカードに打刻された時間を見るたび。
席につくたび。
たび、たび、たび。
眠気が襲い来るたび、寝るのが怖くなる。
朝が来れば、私は起きなければいけない。
起きるのが怖い。
乗り越えられそうで乗り越えられない壁を、もう見たくない。
冬になると、体は死に近くなる。
目を瞑り、暗闇に溶ける。
暗闇すらも、私に優しくはない。
朝が来ると、私をいともたやすく吐き出すからだ。
せめて夢がみたかった。
でも、私は夢を見ることも許されなかった。
春になれば。
変わらないよ。
私は、私だもの。