夜の海、というお話。

先日は、元同僚の友人の結婚披露パーティーのお手伝いに行って参りました。

みなとみらいと聞いていたのですが、実際降りたのはみなとみらい線日本大通り駅。

実は初めての利用でした。

 

目指すは象の鼻広場。

そうです、パーティーは「船上」で行われたのです。

連休初日も屋形船で川崎の工場夜景やら横浜の夜景やらを見ていた私ですが、まさか中一日で再び船上に立つとは。

搬入やらドリンクの準備やらでバタバタしつつ、18時半からパーティーはスタート。

私はドリンクのお手伝いでしたが、飲み放題ということもあり、怒涛の勢いでお酒が捌けていき……なかなかに戦争なのでした。

 

気づけばもうすっかり夜で。

横浜の夜景と、時折顔に冷たい飛沫。あたりは夜の海でした。

 

何かあれば「山に還りたい」と言い出す私は、登山が好きな山派のアウトドア人間なわけですが、海というものはあんまり近づかない場所です。

なぜって、ふるさとでは日本海側とは言えど内陸に育ち、家族で遠出するというカルチャーがあまりない家で育ったので、海水浴なんて片手くらいしか行ったことがなく。

上京してからは「都会の海はなんか怖いらしい」というよくわからない情報を信じてしばらく近づきませんでしたし、何よりも焼けるのが大嫌いなので、縁がなかったんですよね。

 

ただ、最近仲良しさんの関係でちょくちょく海に遊びに行くようになりました。

もちろん日焼け止めベタ塗りで。

 

夜の海の巨大さは、得も言われぬ物がありますね。

ただ真っ黒に、そして生きているように脈打っている。

冷たくどこまでもはてなく広がっていて、一度潜れば全く別の世界が待っている。

とても、こわいもの。

 

山もとてもこわい場所だと思っているのですが、それとは全く別の「自然の脅威」そのものであると思います。

なんでしょうね、だまっちゃいますよね。夜の海を見てると。

「圧倒的」なんて面白くもない言葉をあえて使いますが、全くその通りで。

ただ「母なる海」とも言うように、どこか郷愁を誘ってみたり、心が落ち着いたりすることも確かで。

私達は生まれる前、誰もがお母さんのお腹の羊水の中に浸かっていました。

そもそも「水」というものは、何か切っても切れない縁があるものなのでしょう。

 

真っ暗な夜の海の真ん中に、船というとても頼りない入れ物に乗って漂っている感覚は、ある種、地球という羊水の中を漂っているようなものでもあるのかもしれません。

でも怖すぎないのは、遠くに街の明かりが見えるからなんでしょうね。

すぐそこには帰るべき街がある。日常が待っている。

今はちょっとだけそこから離れた、非日常。そんな感じ。

 

もっともっと暗い、圧倒的に孤独な、自然の中に分け入ってみたいものです。

今年こそ山に泊まろうと思ったけど、寒くなってきちゃいましたね……。

満天の星が、みたいなぁ。


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