『グレート・ギャツビー』 を、読みました。

雨の中、目黒まで。

見よう見ようと思いながら、上映が終わってしまったと思っていた『華麗なるギャツビー』をまだ上映している「目黒シネマ」という映画館を見つけたからです!

こちらは本でも読んでおり、その時の記事を引越ししてきました。

自分でも読み返しながら、映画の感想をこれから書きたいと思ってのことだったのですが……。

すっごくお粗末な内容で正直辟易しています。

映像を見たことで、

デイズィにとっては結局「遅すぎた」再会で「タイミングが悪かった」だけなんだなぁ、と。

ここに対する考えが全然変わったので、その辺りにも焦点を当てて、映画の感想のほうは書きいたいと思います。

では、そのお粗末な本の感想のほうを……。↓

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<2013年7月14日の記事です>

 

『物語消費論改』について書きたいのですが、これは少し腰を落ち着けた時のほうがいいなと思うのと、今日ちょうど『グレート・ギャツビー』を読了したので、忘れないうちにと思いまして。

会社のPに進められるままに、Kindleさんでポチりました。
映画もやっているそうですね。そっちも是非見たいと思っております。

翻訳物、ということで、正直なかなかすっと体に入ってこなくて、読むのに手こずりました。
完全に頭で理解できていないところもあるかとは思ったのですが、名著ですし、細かいところは多少読み飛ばしても、物語の持つ素敵な部分は手繰り寄せられるだろうという持論のもと、読ませて頂きました。

とても良かったです。
ギャツビーとトムいう人物を通してのアメリカ的な云々とか、何を描こうとしたかとかいう主題などはは正直あんまり興味がなくて。
ギャツビーとデイズィの間に横たわる恋物語、私はそれに一番興味がありました。
(それについてPからお話を聞いていたからというのもありましたが)

いつかの日の想いを胸に、莫大な富を得て、満を持して彼女の前に現れるギャツビー。
その彼の並々ならぬ想いというのは、キュンと胸を打ちそうなものなのですが、デイズィにとっては結局「遅すぎた」再会で「タイミングが悪かった」だけなんだなぁ、と。

「男」と「女」ってほんと、こうだよなぁ。というのが、一番の感想です。
きっとこれを読んでそれなの!? という感想な気がするのですが……。

男女の恋愛は、年齢や規模が変わっても、絶対本質は変わらないなと、思うのです。

改めて映画を見てみて、読み取りきれなかったところを感じたいなと思っています。

ちなみに野崎孝さんの訳でした。
村上春樹さんの訳もあるみたいですよ。

 

 


『グレート・ギャツビー』 を、読みました。」への2件のフィードバック

  1. ピンバック: 『華麗なるギャツビー』 を、観ました。1 | あおいはる。

  2. ピンバック: 『華麗なるギャツビー』 を、観ました。2 | あおいはる。

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