『オン・ザ・ロード』 を、見ました。

『路上』読了から数ヶ月。

丁度苦戦しながら読んでいた数ヶ月前、「ケルアックの路上が映画化されるらしい」というニュースが飛び込んできました。

映像での補完を楽しみに、約一ヶ月かけて読みきった、結構辛かった読書。

でも、良い読後感を頂いた作品でした。

『路上』の感想はこちら

 

8/30のロードジョーから時間が経つこと10/5。

雷に打たれたように立ち上がって、行ってきました。

同じく見そびれていた『華麗なるギャツビー』からのハシゴ。

華麗なるギャツビーについてはこちら

 

それではお馴染みのネタバレ含みつつの感想行きます。

まだの方は、くれぐれもお気をつけ下さい。

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いきなり結論から言ってしまうならば、いまいちでした。

でもそれは仕方がない気もするのです。

二時間19分じゃ語りきれないよ。

それだけな気がしました。

 

じっくり腰を据えられなかったせいもあり、私は原作を約一ヶ月かけて読みましたが、それを二時間で語るのは本当に難しくて。

重要なシーンを切り出して繋げて、意味を持たせていたのは分かるのですが、原作を読んでいない人にはハードルが高い構成のような気がしました。

 

同日に見た『華麗なるギャツビー』は、語られていない部分がありながらも、ギャツビーという人間を中心に、お話を組み立てることができていた気がしたのですが、『オン・ザ・ロード』に関しては、それすらも描き切れていない印象でした。

 

そもそも、映像化が本当に難しい原作だと思うのです。

原作がすでに、とても、ドキュメンタリーに近い内容だと思っています。

いわゆる、物語としてのお決まりの構造にははまっていないのです。

主人公サル・パラダイスが、ディーン・モリアーティと出会ってからの数年間を書き綴った手記を、一気にタイプライターで描き上げた……。そんな物語。

まさに劇中で、サルはメモ帳に鉛筆で、感じたことを書き綴っていきます。

紙がなくて、街中を吸い殻を集めながら、チラシを拾ってきて、それに文章を書きなぐることもありました。

そうやって集めた記録達を、タイプライターで一心不乱に起こしていく、というシーンが後半で描かれます。

 

一つのエピソードに対し、一から十まで描かれている。原作はそんな印象です。

はっきり言ってそれが冗長に感じることは多々あったのですが、それによって生まれるエピソードのアウトラインがあって。

だからこそ、一部を抜き出してそれを描くには、どうしてもいろんな情報が不足しているように感じてしまうのです。

選ばれて切り出されたエピソードが「いまいち」弱い。

だからこそ、全体的に消化不良感が残ったのでしょうか。

 

また、中心人物であるディーン・モリアーティ。

「気が狂ったように」活動的で、本能的で、支離滅裂で破天荒すぎる生き様。

アメリカ大陸の路上を、サルと一緒に転がるように行き来する男。

彼の「気違い」っぷりを、表現しきれていなかった気がします。

勢いが、足りない。

彼の破天荒さは十分に伝わってくるとは思うのですが、原作と比べるとトーンダウンしている印象は拭えませんでした。

それもこれも、演出がどうというより、やはり圧倒的に「尺」が足りないだけな気がしてなりません。

シーンをかいつまんだだけでは、結局彼の全てを語ることは出来なかったのではないでしょうか。

 

そして、原作の大部分を締める「路上」について。

サルのヒッチハイク生活。

ディーンの運転する車での生活。

何度も訪れる土地。そのたびに意味を変えていく街達。

そこに圧倒的に広がるアメリカ大陸と、どこまでも伸びる道路と「距離」、その上を駆けていく「スピード」と「時間」。

これをどれだけ見せてくれるかと思っていたのですが……。

残念なほど、感じることは出来ませんでした。

演出が難しいのは、承知なのですが。でも、きっとそれがこの映画に一番期待していた部分だったので、残念でした。

 

この映画も、結末は『華麗なるギャツビー』と近いものがある気がします。

深く結ばれていた主人公と中心人物との「別れ」そして、その中心人物の「消滅」によって、物語が終わる。

劇中の「別れ」のシーン、ディーンの涙はとても感動的なものでした。

ですが、小さく積み重なった「語りきれていない」部分が、ここで最大値化して、ディーンの切なさは描けても、その別れの「意味」までは描けなかったのではないか、と思いました。

 

 

ここまで書いて、ものすごくこの映画を酷評しているような気がしたのですが、鑑賞後の後味としては悪くなかったです。

取るに足らない映画、ではありません。

興味のある方は、是非見てみてください。

原作を途中放棄しそうになりながら読んだ身としては、理解できていないところ、精神的にほぼ読み飛ばしに近いことをした部分もあったと思っていて、映像により印象が補完されたことは嬉しい事です。

(実際、原作を読めた気がしていなかったのですが、映像と比べるとこんなに語れるくらいには読めていたと発見しました)

ちょっと気合がいりますが、腰を据えてもう一度原作に挑戦してみたい気もしています。

 

ビート・ジェネレーションとは何だったのか――

この映画で、感じることができると思います。

 

 


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